Weekend Note

2010年ブログ開設。日常、建築、旅行などについて書いています。

07. Comedian or Architect

スマホのメモに「ウッツォン」と打ったつもりでいたら、予測変換で間違いがあったのか、「ウッチャン」と保存されていた。こんなふうに、デンマークの建築家ヨーン・ウッツォン(1918-2008)は、日本の一般の人にはあまり馴染みがないかもしれない。しかし、シドニー・オペラハウスを設計した建築家だと伝えれば、いささか覚えづらいその名前に対する畏敬の念も違ってくるようだ。シドニー・オペラハウスに関わったエンジニアのピーター・ライスが、その自伝の中で「スケッチは天才的で…」などとウッツォンの才能やパーソナリティーを称賛していたこともあり、自分にとってウッツォンの建築を訪問することは長年の宿望だった。 今回訪れたウッツォンの建築はふたつ。「バウスヴェアの教会」と「キンゴー・ハウス」だ。

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まず、コペンハーゲンから電車で30分ほどの郊外のバウスヴェアという場所にある教会。これは一見地味だが、完璧な建築だった。礼拝室や集会室、中庭が回廊で結ばれるような構成で、シンプルで整然としたコンクリートの柱の配置と、トップライトや波打つ天井の造形が特異な美しさを生み出している。素っ気ない外観は、周囲を木々に囲まれた立地にあっては、建築家の自己顕示が良く抑えられ、むしろ肩の力の抜けた親しみやすさを与えるものと見える。教会の方々も気楽なもので、エントランスが開いていたので勝手に中に入ってウロウロしていた僕にも笑顔で接し、建物の案内もしてくれた。

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デンマークの旅で特大のインパクトを受けたもう一人の建築家、ビャルケ・インゲルス(の率いるBIG)が、どちらかといえば理詰めで建築を説明するのに対して、ウッツォンはより個人的な感性や芸術的な造形感覚でさらっとまとめてしまうという印象だった。このコントラストは、ポルトガルポルトでの建築探訪の体験と似ている。ポルトでは、理性のコールハース、感性のシザだった。もちろん、理性対感性という対立構図は考えるきっかけであって、強引にこじつけて分類するものではないが、ポルトデンマークでは短期間で建築の様々な側面、しかもそれぞれの最高峰の例を見ることができた気がして、とてもありがたい。

ビャルケ・インゲルスとヨーン・ウッツォンが、見事な相互補完関係を結果的に築いてくれている、その象徴が、コペンハーゲンから北に40キロほど離れた港町のヘルシングエーア(Helsingør)にあった。BIGの「デンマーク立海洋博物館」は、曇天の冴えない空模様のもとでも、昔の巨大な乾ドックにジグザグのガラスのボリュームを架け渡していくという形態が強烈な存在感を放っていた。一方、昼食を挟んでからバスで赴いたウッツォンの「キンゴー・ハウス」は、着いた頃には本降りになっていて、なだらかな起伏のある緑豊かで広大な敷地に低層の住戸がうねうねと雁行して続いてゆくテラスハウス(連続住戸)の全体像は一度には決して捉えられず、雨と靄に覆われていた。

06. Rebuild in Denmark

10年前の初めての海外一人旅とふたたび比較してみると、最も大きな変化のひとつはスマホの普及だろう。また、2年前の海外旅行と比べても、自分の中では日常的にポッドキャストやラジオを聴くという、まったく新しい趣味や習慣が身についていた。自分の生活がより、世界のどこにも持ち運べるポータブルなものになったと言えると思う。日常的に海外を飛び回っている人には、今さら何を、と思われるかもしれないが。

日本では月曜や火曜の昼にアップされる音声コンテンツがあって、普段は夜に帰宅して夕食をとった後に食器を洗いながらそれを聴く。だがデンマークにいたときは時差により、朝食の食器を洗いながら、アップされた直後の音声を聞くことができた。パーソナリティーの語る、友人の結婚に際して困ったことがあったというわずか数分程度のエピソードは、さんさんと朝日の入る白いキッチンの光景とともに記憶に残った。

 コペンハーゲンから電車で30分ほどの郊外にある、ヨーン・ウッツォン設計の「バウスヴェアの教会」に行ったとき、乗り換え駅で電車の遅れが発生して、しばらく待ちぼうけを食うことに。しかし、ポッドキャスト‘Rebuild’の最新エピソードがアップされていて、ちょうど良い時間つぶしになった。ここでも、番組でのアップルウォッチの話と、駅から見回せる何の変哲も無い、しかし閑静で心落ち着く景色が結びつく。

今回のデンマークの旅の一連の記事のタイトルは、Rebuildにならって数語の英語で名付けてみた。内容に関連して、かつ洒落のきいたタイトルをつけるのは難しいが、楽しい作業だ。英語が間違っていたらご愛嬌ということで許されたい。

05. Super Prices

デンマークはとても物価が高い。それはわかっていたので、心して旅行に臨んだ。具体的には、初めて旅行中の出費を逐一ノートにメモした。例えばある日の昼食のマクドナルドは、現金で80デンマーククローネ(約1,500円)。出費を現金とカードに分けて、それぞれの残高が分かるようにすることで安心感がぐっと増した。そうした努力と、食事にこだわらなかったことから、結果としては覚悟していたほどにはお金を使わなかった。

しかしながら、本当に損をした気分になったこともあった。様々なTPOを経験しようと、最初の6泊は経済的にAirbnbでしのぎ、最後の2泊は市街地のホテルを予約した。このホテル、デンマークのモダンデザインのインテリアが特徴だという。だがチェックインしてみると、部屋はただ狭く、ロビーもセンスがいいとはとても言えない空間に、とりあえずヤコブセンのスワンチェアが並べられている。リサーチが不十分だったのだろうが、これでモダニズム気分に浸れというのか、なめられたものだ、と思った。

「ホテルはどう?」ちょうど前日までのアパートのホストのクララとニールスがメッセージをくれた。「高いけどいまいち」「一泊いくら?」「約1000DK以上(約2万円以上。注:実際はもっと高かった)」と送ると、「Crazy !」と返事が来た。物価が高い国では、パフォーマンスが悪いことが、ほぼ自動的にコストパフォーマンスが悪いことを意味するのか。

一方、デンマークでは水くらいしか買えないような値段で日本で購入していった煎餅のお土産が、Airbnbのホスト2組に好評だった。旅行の中でも最高のコストパフォーマンスだったと思う。

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社会人の8泊程度の旅行なら、物価が高くても一時の我慢でいいだろう。しかし、例えば外国からの留学生が1年以上暮らすとなると、辛いものがあるかもしれない。各家庭の経済状況が学習環境へのアクセスの公平性に影響してしまう問題は、ポッドキャスト‘Rebuild’でMCの宮川さんが度々指摘していることでもある。

04. Super Danish

「スーパー・デニッシュ」という言葉は、建築雑誌「エーアンドユー」の2012年10月号のタイトルで、デンマークの若手建築家が活躍している状況を表したもの。その定義とは必ずしも一致しないが、この記事ではデンマークで見た建物を写真付きで簡単に紹介します。 

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まずはデンマークモダニズム建築の巨匠アルネ・ヤコブセン。しかし、今回は縁がなかったというか、他の予定におされてあまりじっくり見られなかった。写真は海岸リゾート地のベルビューの、おなじみの監視塔や集合住宅。

 

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オペラハウス。コペンハーゲンの運河沿いのランドマークとして、日を経るにしたがって愛着が増していった。

 

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王立図書館。通称“ブラック・ダイヤモンド”。シンボリックな外観。加えて、エントランスを入って吹抜け中央の動くスロープを登り、まっすぐ進むと道路をまたいで既存館に導かれる、そんな空間構成もユニーク。

 

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有名な円形の学生寮。開放的なキャンパスの環境に建っている。残念ながら中には入れず。

 

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IT大学。構成は明快で、平面的に中央から吹抜け、ミーティングスペース、廊下、教室群が並ぶ。吹抜けに部屋が飛び出すデザインがダイナミック。エレベーターに乗ると、成熟した雰囲気の二人の男子学生(?)が「ドメインプログラムが問題なのであって…」「そうなんだよ。だからさ…」みたいな話を交わしていた。

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なお、特に印象の強かった二人の建築家ーヨーン・ウッツォン、ビャルケ・インゲルスーについては、それぞれ単独の記事で取り上げることにしたい。

03. Walking Messi Trip

2008年9月、大学3年生の夏休みに1か月間、フランスとスペインに初めての海外一人旅に行った。今回のデンマーク旅行はそれからちょうど10年となる。この間、自分にも社会にも実に多くの変化があった。しかしリオネル・メッシは10年前から世界のトップで活躍し続けている。当時、バルセロナにある色んな国々から来た若者でにぎわうユースホステルのラウンジの画面が、退団したロナウジーニョの跡を継いで10番をつけてプレーするメッシの姿を流していた。2018年の9月、デンマークのバス車内の無料の新聞は、メッシのハットトリックを一面で伝えている。

そんなメッシもプレースタイルは変化し、近年は試合の時間のほとんどを歩いて過ごし、ここぞという決定的な場面でのプレーに注力する傾向がある(ただし「散歩」の時間はただ歩いているのではなく、ゲーム全体の状況をスキャンしているのだという)。要するに力の入れどころを見極める、めりはりをつける、ということなのだが、なかなか示唆に富むスタイルでもある。学生時代にはとにかく体力の続く限り初めて訪れる地での街歩きをがんばり、しかしどこかで力尽きる、ということを繰り返していた自分の旅も、「走らないメッシ」の方法を最近は積極的に取り入れようとしている。疲れたらすぐに止まる。食事はしっかり。移動は余裕を持って。量より質。横着になったのをあれこれ理屈をつけて正当化しているわけでは決してない、と自分に言い聞かせながら。そもそもが真面目すぎた。

また、言葉通りの意味でもコペンハーゲンはゆっくり歩くのに適した街だった。長袖で歩いてちょうど汗をかかないくらいの気候。都市のつくりも平らで歩道は広く、世界に先がけた歩行者天国として名高いストロイエのみならず、市街地の古い道から運河沿いの再開発エリアにいたるまで歩行者空間が良くネットワーク化されている。歩きやすくて、疲れない。素晴らしい建築物も多いのだが、その上段のアーバンデザインやランドスケープが非常に進んでいる。流行歌の歌詞のように、どこまでも歩いていける気がするのだった。「今日は初日だからずっとストロイエからアマー島や運河を歩いたよ。ずっと平坦で歩きやすかった」夕方アパートに帰ってセリーヌに言うと、おそらく人の上に立つ素質のある彼女は、即座に「でしょう!」と全面肯定してくれた。

そして、デンマークは自転車大国でもある。歩道と車道の間の自転車レーンを、始終、本格的な自転車に乗った市民が流れてゆく。電車にも自転車を持って乗り込める。古くからの文化なのか、環境問題や健康への関心の高まりに伴って自転車を重視した都市デザインが整備されていったのか、そのあたりの起源はわからないが、行き交う自転車がコペンハーゲンの街の風景をとても生き生きしたものにしていることは明らかだった。自分は今回は乗る機会がなかったが、ぜひ次回以降は Cycling Messi Trip を実践したい。

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02. Not Missing Heels

デンマークは物価が高く、ホテル代も高いので、初めてAirbnbを活用してみた。コペンハーゲンに8泊するうち、4泊と2泊は別々のAirbnb、最後の2泊は中心部のホテルに泊まった。

最初の4泊お世話になったアパートのホストのセリーヌは、事前にやりとりしている中では、当日コペンハーゲンにいるかわからないと伝えてくれていた。異国の街で一人、他人の家で暮らすのだとしたら、多和田葉子さんの日本デビュー作「かかとを失くして」のような体験となる。話のタネとしては面白そうだが、やはり現地の人が家にいてくれた方が心強い。そんなことを考えつつコペンハーゲンの空港に着くと、結局セリーヌは家にいる、ただ僕が着く時刻にはちょっと外出しているだろうと連絡が来た。

アパートはコペンハーゲンの中心部から北に数キロ離れた住宅街のノアブロというエリアにあり、空港からメトロや電車を乗り換えて夕方に到着。郵便受けに入れておいてくれた鍵で4階の家の中に入ると、3DKの十分な広さのお家だ。最上階なので、屋根の斜めの形が天井に現れている。僕は個室ひとつを使ってよく、キッチンとシャワー室は共用。

さっそく近所の様子を見ようと外出すると、どうやらノアブロはムスリムの人たちも多く暮らす移民街のようなところで、(こう言ってよければ)有色人種の人たちが行き交い雑然としている。旅行前に周りの人たちから聞かされた、おとぎの国のようだというデンマークのイメージとは違っていて少し戸惑った。が、身の危険を感じるようなことはないし、都市の様々な側面を見られるのは良いことだ、シメシメとすぐに意識高く気持ちを切り替えることにした。スーパーで食料品を買い込んだところ、買い物袋を持っておらず、パンと2リットルの水をそのまま手に持って帰ることに。日本の感覚で買い物をして、迂闊だった。家に戻るとセリーヌも帰宅していて、挨拶する。すらっと姿勢がよく、スポーツ好きの気さくな女性だ。

次のAirbnb宿のアパートも、1キロしか離れていない近所だった。ただこちらの方が閑静な住宅街というエリア。ずいぶんと雰囲気が違う。ホストのクララとニールスもこれまた人好きのする性格で、チェックインの段取りなどもずいぶんマメに連絡をくれた。旅行の後半になるころには、コペンハーゲンに関しては、それほどかかとを失くしはしなかったようだ、と思っていた。

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01. Sumimasen Class Flight

9月15日から23日まで、8泊のデンマーク旅行に行ってきた。気候は快適、街はきれいで便利、そして人も皆親切にしてくれて、良い旅となった。自分の記録のために、少しずつ記事を書いていきたい。

とはいえ、この記事ではまだデンマークには到着せず、特別何があったわけではないのだが、飛行機の話である。成田からコペンハーゲンまでの直通便のエコノミークラスで10時間ほど。海外旅行も長距離フライトも久しぶりで、ずいぶん長く感じた。

飛行機については人それぞれ思うところがあるがろうが、僕としては、何よりもまず単純に一人当たりのスペースを広げてほしい。最低でも新幹線や特急列車くらいにまでは。さらに今回、往きの便では通路側の席ではなかった。つまり、トイレに立つときの「スミマセン」を10時間の中でどう配分するかに神経をすり減らせることとなった。

「飛行機に乗っていると言えば聞こえはいいが、実際は見知らぬ人たちと空中で椅子に縛りつけられて捕虜になっているだけではないか。」(多和田葉子アメリカ 非道の大陸』)

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国際線でトイレに立つと、各席に映っている画面が一度に見渡せる。これは非常に面白い、現代か何かを象徴している光景だなぁといつも思う。誰もが互いに視線を交わすことなく、目の前の画面に注意を注いでいて、ある画面ではスパイが活劇を繰り広げ、またある画面では儚げなヒロインが病室のベッドに横たわり、その隣のスポーツチャンネルでは決勝ゴールにスタジアムの歓喜が爆発している、といった具合だ。着陸する空港は便宜的に同じであろうと、乗客の皆それぞれが違う目的地に向かって、てんでばらばらに生きているのだと実感する。それを孤独を感じることもあれば、気楽に感じることもある。