Weekend Note

2010年ブログ開設。日常、建築、旅行などについて書いています。

MoMA(ニューヨーク、ボストン旅行記 2)


史上最高のテニスプレイヤーとの呼び声高いロジャー・フェデラーのプレーは、あまりにも楽々とこなしているように見えるので、見る人に「テニスとはこんなに簡単なものなのか」と感じさせると言われる。MoMAニューヨーク近代美術館)の建築も、あまりにも自然に気持ちの良い場が生まれているので、「建築の設計とはこんなに簡単なものなのか」と、来館した人たちは思うのではないだろうか。特徴的な建築形態を作るといった意図は全く感じられず、ただ単に美術館の動線計画を解いているだけのように見えるだろうから。

気持ちの良い場というのを分析してみると、展示のクオリティの高さに加えて(ピカソの彫刻という企画展はとても面白かった)、視覚と聴覚に入ってくる適度なノイズによるところが大きいと思う。視覚的には、展示スペースも含めて建物の多くの場所が閉じることなく、吹き抜けや窓によって建物内の違うフロアや街との立体的な繋がりがあること。聴覚的には、入場者の人たちの多言語が入り乱れた話し声やカメラのシャッター音など。これらによってアート鑑賞を不必要に構えることなく緊張が解けるのだと思う。ノイズ・イズ・ビューティフルとでも言ってみたい。もっとも、練りに練ったプランでなければノイズをビューティフルにはできないのだけれど。

大学の学部3年生のときに、グループでのレポート課題にMoMAの設計者である谷口吉生さんについて調べたことがあった。その過程で、谷口さんがこの建築について「私は建築を消してしまいたい」と語っていたことを知った。その心はというと、建築が物体として目立つことなく、訪れた人たちの行為や意識だけが浮かび上がるような建築を目指したといったものだったと記憶している。これは言い得て妙だと今思える。そして、本気で建築を「消す」には建物各部のスケールやら窓の位置やら仕上げ材の艶の具合やら全てを泥臭く検討していってようやく消せるものだと思うので、この有言実行には感嘆せずにはいられなかった。