Weekend Note

2010年ブログ開設。日常、建築、旅行などについて書いています。

小松亮太 タンゴの歌

友人のK野君から「ピアソラ好きの方へ」という誘いを受けて、東京オペラシティでのコンサート「小松亮太 タンゴの歌 featuring バルタール & グラナドス」を鑑賞した。僕はピアソラ信者というには全然経験不足であるが、素直に好きだし、アコーディオンバンドネオンこそが一番格好いい楽器だと実は思っている。

シューボックス型のホール、上手側の3階席に座る。開演時刻となり、観客席の照明が落とされ、小松亮太が登場。パンフレット写真での厳しい表情とは異なり、ほんわかした佇まいとの印象だ。わりと小柄な体格で、黒縁の眼鏡をかけている。黒の水玉があしらわれた赤地と、黄土色がパッチワーク状に組み合わされた衣裳を身につけている。下はデニムの一種のように見えるが、遠目からでは詳しくわからない。舞台中央の黒い台の後ろに立ち、周囲にオルケスタを随える。すなわち下手にバイオリン、チェロ、コーラス、ハープなど、中央後方にピアノ、上手にギター、オーボエ、パーカッションなど。彼らは黒を基調としている。

第1部:エル・タンゴ
アストル・ピアソラ(作詞 ホルヘ・ルイス・ボルヘス):《エル・タンゴ》

場末の決闘を描いたボルヘスの短編小説を原作としているタンゴだ。演奏が始まってすぐに、歌/語りのレオナルド・グラナドスが下手から登場。グラナドスは黒いスーツと帽子、ピンクのシャツに水色のネクタイといういでたちで、腰をやや落として、全身に力を込めてすり足で舞台を左右に動きながら歌い語り、異国の場末の光景を真に迫って現出せしめる。舞台後方に表示される日本語字幕を見ると、ナイフという言葉が頻出している。ピアソラの楽曲の随所にあらわれる切り裂くような痛快な音とボルヘスの乾いた言葉とが、まったき一体感を生み出している。

小松亮太は時おり素手での指揮でオルケスタを統率しつつ、バンドネオンを操っている。台の上に右足を乗せ、さらにその上に楽器を乗せ、抱えている。この蛇腹楽器は鈍い銀色をしていて舞台の上でも特殊な存在感を放っている。うねうねとした生き物のようだ。軽いようにも重いようにも見え、重量感がよくわからない。奏者の一挙手一投足によってその都度異なる重量が与えらえれているように感じられた。両手を広げると蛇腹の赤色が現れ、彼の衣裳の赤色と相俟って、黒で締められた舞台において中央にだけ少しくすんだ赤がさっと映える。

第2部:バルタール、ピアソラを歌う
アストル・ピアソラ(詞:オラシオ・フェレール):悲しきゴルド 他

アメリータ・バルタールが登場。褐色の肌に金髪をなびかせ、水墨画を思わせる色と模様のゆったりとした衣裳を纏っている。大歌手だ。声量豊かに、あるいは囁くように、また時には何かに憑依されたようにタンゴを歌う、ピアソラを歌う。歌と歌の間のトークではお茶目なおばさんの一面も見せてくれる。それでも、舞台の上で生きる人の背筋の鋭さを常に漂わせている。ピアソラの妻でもあった女性だと後で知る。

いよいよクライマックスとなると、歌手、オルケスタ、バンドネオン奏者それぞれの渾身が渦を巻き上げていく。最後の瞬間、小松亮太が両手をを思い切り広げ、バンドネオンは最も大きく膨張して、巨大な生き物が人間に畏怖の念を起こさせるかのよう。当分のあいだ、喝采はやまない。