Weekend Note

2010年ブログ開設。日常、建築、旅行などについて書いています。

New Jewelry

三年前に大学院の卒業旅行でロンドンに行ったときに一度だけお会いした、現地の建築事務所に勤めていたアイさん。彼女は、今はロンドンの事務所を辞めて日本で活動しているのだが、建築だけでなくジュエリーのデザインもしていて、作品が出展されるNew Jewelryというイベントが先週末に催されていた。会場が家の近所ということもあり、むこうは自分のことを覚えてくれているだろうかといささか不安に思いながら、土曜日の少し気温が上がっていたかなと感じられる午後、自転車でふらっと足を運んでみた。(最近はポール・スミスやハウスビジョンなど展覧会のネタが多いが、外の世界に目を向けられているという点でよい心がけだ。ちなみにその土曜日は、ポール・スミス展で思わず買った、正面に「HELLO」と描かれたTシャツを着ていった。意識してなかったがイギリスつながり。)

New Jewelryの会場は、学芸大学駅から少し離れた目黒通り沿いにある「クラスカ」の八階だった。その建物の存在は知っていたけれど、中に入るのは初めてだった。エレベーターの扉が開くと、明るいフロアに多くの人でにぎわっている会場があらわれた。三方の窓からは周辺の住宅地や都心のビル群が望め、林試の森公園の大きな緑のかたまりがたたずんでいる様子も、間近に気持ちよく見晴らせる。そんな少し浮遊感の感じられる大部屋で、三十人以上の作家さんがそれぞれ自分のカウンタースペースで作品を展示・販売している。アイさんは十一番のカウンターに持ち場を与えられていた。もちろんすぐに見つけられたけれど、特に人気が高いらしく、客さんがひっきりなしに訪れては話し込んでいくため、自分が話しかけるまでには機をうかがいつつ何十分も待たなければならなかった。けれどその待ち時間が、他の作家さんたちのカウンターをゆっくりと回る良い機会になった。僕は普段は腕時計すら身につけないのでジュエリーやアクセサリーはあまり馴染みがなかったけれど、ひとつひとつゆっくり見ていくと、引き込まれ、魅了されていった。貴金属はもちろん、ガラス、樹脂、陶器、木、糸、造花など、それぞれの作家さんが独自の材料による個性あるアクセサリーを並べていて、製作工程などについても語ってくれた。

かれこれ半分以上は回ったかなというころ、ようやくアイさんのカウンターから人の波が引き、再会かなう。僕のことも覚えていてくれたみたいだ。彼女のジュエリーは建築でも使う3Dソフトで作ったモデルをイエローゴールドやシルバー、ステンレスといった材料で形におこした造形的なデザインが特徴で、オブジェとしても魅力的。この指輪どうはめるんですか?うん、これはね…など、きれいな造形が先にあってそれをジュエリーにしちゃおうという感じの、発見的な楽しさがあるのだった。さらに3Dプリンターで製作された作品も数多くある。あの特有のぽそぽそした樹脂材の手触り感がアクセサリーになっているのだから、たしかに異彩を放っていた。

そんなこんなで買いもしないのにじっくりとながめ、すがめしている僕にも喜々としてデザインの説明をしてくれるアイさん本人は、「岐阜県出身。高校卒業後渡米。アメリカで建築を学び、ロサンジェルスとロンドンの建築事務所に10年勤務。その後日本へ帰国、2016年にaisato designを設立…」と、経歴だけ見ればすごいのだが、外国で長年建築の経験を積んだ先達というよりは、サークルの先輩みたいな親しみやすさにあふれている。ここ一年ほどは、前の事務所の仕事関係で本人の与り知らぬ次元で起こっていたトラブルに、災厄と表現しても過言ではないようなごたごたに巻き込まれていたことを僕も知っていたので、僭越ながら元気がどうか心配していたけれど、カウンターにやっと背が届くくらいの、好奇心旺盛な小さな子供のお客さんにもにこにこかまっている姿なんかを見て安心した。

それから短い時間ながらも色々と話ができて。そもそもジュエリーのデザインを始めたきっかけは、二十代で自分の関わったプロジェクトがひとつも実物の建築として実現しなかったため、三十才になったときに形になるものとして指輪を作ったことだった。比較するとやっぱり建築は問題解決型の仕事かなあ。で、それから今はこうして自分のブランドでいくつもジュエリーを作っている。けれどもジュエリーを完全な専門にしたくもない。

ではまた!と言い合って八階をあとにし、エレベーターで一階分上がってあっさりとした屋上を一回りしてから「クラスカ」を出る。夏の終わりと秋の始まりがぎゅっと混ざり合ったようなその日の不思議な空気とともに、この日のことは案外ずっと先まで忘れないんじゃないかなと思った。