Weekend Note

2010年ブログ開設。日常、建築、旅行などについて書いています。

葱の国

このあいだの休日、まだ午前中で人通りの少ない商店街を駅の方へ歩いていると、むこうから若い男性が歩いてきた。髪を整え、上下を黒で統一した服に、使い慣らした靴とリュックの赤色が映えている。センスのいい人だと思った。朝一で買い物に行ってきたのだろうか、すれ違ったとき、リュックから葱が二本、頭を出しているのが見えた。黒と赤でまとめたコーディネートに葱の緑色が絶妙な割合で親しみやすい生活感を付け加えているみたいだ。両手でリュックのベルトを抱えてすたすたと歩いてゆくその後ろ姿をしばし見ていた。

思えば葱という野菜はいつも、生鮮食品を入れる袋から飛び出していて面白い。プラスチックのビニール袋にしろ、エコバッグにしろ、たいていの食料品が入るようによくデザインされているが、主要な品目の中で葱はそのサイズを逸脱している。そして冒頭の男性ほどフォトジェニックでないにしても、お買い物袋から飛び出した葱、およびそれを連れ歩く人たちは、街の風景に日常の心安さをもたらすことになる。

フランスの街の日常の風景に対するバゲットも、これと似た効果を持っている。葱が自然の、大地の育んだ形であるのに対して、バゲットは人間の文化の産物と考えるなら、やはりフランス人のアール・ド・ヴィーヴル(暮らしの芸術、生活を楽しむ術)は卓越しているのか、などと、見当違いかもしれない感動をおぼえたりもする。

もし世界のどこか、葱が非常に特別な意味をそなえている文化を持つ国や地域があって、そこでは買い物袋も台所も調理器具も、ひいては家具、家の間取りまで葱と密接に関わっている、ゆえに僕たちから見れば形や配置関係がことごとく微妙に異なっていて新鮮だ…そんな場所があれば行ってみたいものだ。たとえばそこの空港から発つ飛行機では、葱だけは長さが超過しても機内持ち込み可能という例外措置があったりする。