Weekend Note

2010年ブログ開設。日常、建築、旅行などについて書いています。

この星の光の地図を写す

イルリサットで犬橇に乗せてもらった男は、白熊の皮で作ったズボンを履いていた。彼に、スノーモービルは使わないのか?と尋ねると、「機械は壊れたら終わりだよ」という短い答えが返ってきた。極地で生き抜くための知恵には、それが受け継がれてきた明確な理由がある。犬橇はノスタルジアに彩られた過去の残滓ではなく、現在にいたるまで優れて同時代的な移動手段なのだ。カメラは凍って動かなくなることが何度もあったが、犬たちは白い息を吐きながらいつまでも走り続けてくれた。

    *    *    *

数ヶ月前に東京オペラシティで開催されていた石川直樹展「この星の光の地図を写す」にたいそう感銘を受け、でも何が良かったのかと具体的に問われるとうまく言葉にできないでいる。良かったという感覚質だけがずっと心で維持されているような状態だ。展覧会のイベントの一環でこの写真か自ら展示を案内してくれるアーティストトークにも参加しようとしたが、僕は二回とも会場に着いた時にはすでに長蛇の列、整理券売り切れ、結局どちらも引き返すことになった。

そうして展覧会は会期が終わってしまったが、三たびご本人に会えるチャンスがやってきた。代官山の蔦屋書店でサイン会があったのだ。石川さんの書籍や写真集を購入すると、サインと、一人につき一問の質問をできるという。今度こそと、平日の夜八時過ぎ、代官山に向かった。蔦屋に着くと、密度の減った店内で二十人ほどの列ができている一角があり、石川さんがいた。高めの椅子に身を置き、淡々とお客さんにサインをし、会話をしている。僕も『極北へ』を買って、列の最後尾についた。

ほどなくして僕の番が来た。石川さんは、さすが北極、ヒマラヤ、ポリネシアetc.etc.と地球を縦横無尽に越境し続けている人だと実感させられるような引き締まった若々しい身体、一方で話してみると、語と語の切れ目が曖昧なような感じがして、飄々としてつかみどころがない雰囲気。目や言葉には生気があるが暑苦しいところはない。

で、僕の質問は「どこでも寝られる秘訣は何かありますか」。石川さんの答え「それは生まれ持った資質で、枕が変わって寝られない人もいれば、自分はのび太のように眠くなったらどこでも寝られてしまう」。僕は乗り物などで寝られない体質なので、何かコツがあればと思って質問したが、空振りに終わったようだ。これなら、「オペラシティでのアーティストトークの様子がどうでしたか」と、もう一つ考えていた質問を差し出せばよかったと後悔したのだった。