Weekend Note

2010年ブログ開設。日常、建築、旅行などについて書いています。

村井正誠記念美術館

村井正誠(むらいまさなり)は昭和から平成に活躍した、抽象絵画の画家。世田谷区の等々力の住居だった土地に、アトリエ部分を保存して増改築のリノベーションが施された村井正誠記念美術館がある。

この美術館は3月から11月の金曜と日曜しか開いておらず、訪問にあたっては完全予約制で、しかも往復はがきで申し込まなければならない。今時何というアナログ、と誰もが最初は思う。僕も生まれて初めて往復はがきを送り、本日11時から13時にようやく訪れることができた。2004年に竣工したこの美術館の設計は、今や超スター建築家の隈研吾さん。隈さんの建築は栃木の美術館郡も含めていくつも見てきたけれど、自分としてはこの小さな小さな美術館が最も好きだと思えた。

等々力駅から等々力渓谷を渡り、閑静な住宅街を少し歩くと到着。池を配した前庭を折れ曲がっての心憎いアプローチから美術館に入ると、一人で管理している館長の村井伊津子さんに迎え入れられた。この日の予約者は僕を含めてわずか三人。そのうち一人の方はすぐに帰られたので、小さな建物に客は二人だけ。庭に開けたラウンジスペースや、自然光の移ろいの感じられる広々とした吹き抜けの気持ちのいい場所で、伊津子さんからじっくりと説明とも雑談ともつかぬ話を聞くことができた。

運営にかかる経費やランニングコストの都合、そして訪れた人にゆっくりと過ごしてほしいとの考えから、あえて面倒でハードルの高い予約制にしているのだそう。等々力渓谷に来たついでにたまたまこの美術館を発見しても、すぐに入ることはできない。興味を持ち、はがきを送り、そうしてまで来てくれる人のための美術館なのだ。誰のための建築なのか、という大切な問題に心を砕く姿勢が話の行間からにじみ出ていて、感銘を受けた。

その他、村井正誠さんの人柄や、隈さんに設計者が決まった経緯、伊津子さんがこの建物で土曜に開いている絵画教室の話もしてくれ、生徒さんたちの作品(パステルで色とりどりの丸い形を描いた抽象絵画)も見せてくれた。さらにそうした人の繋がりからボイストレーニングの教室もこの建物を利用して行っているらしく、これは伊津子さんは生徒の側。「ちょっとやってみる?」ともちかけられ、「アー!」と三人で大声を出したりした。こんな美術館体験は初めて。

企画から設計そして建築の使い方と、あらゆる段階でこの建築に携わる人たちの創造性が発揮された名作は、竣工から10年近くが経過し、時とともにますます味わいを増してたたずんでいた。

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