Weekend Note

2010年ブログ開設。日常、建築、旅行などについて書いています。

トポフィリア

一級建築士の試験は関わった人すべてが「不毛」「無意味」といった言葉で形容する。たしかに、多分に複雑で人間臭い建築の仕事に対して試験という形式はそぐわない。しかし実は、資格学校に通ったことは本当によかったと思っている。

授業が有意義だったのではない。「バロンドール」に繋がるようなこれといった出会いがあったわけでもない。では何が、、。場所が良かった。通っていた五反田の学校はやかましい大通り沿いのくたびれた雑居ビルだったけれど、それでも自分にとってはとても良い立地だった。家からは自転車で10分ほどで、途中で目黒川を渡って通う位置。そしてさらに先には目黒線東横線の住宅地が広がる。学校に通うようになったおかげで、この「後背地」に意識が向かったのが何よりよかった。

勉強しなければならない休日には、集中できる居場所を求めて学校の自習室や図書館や喫茶店といったサードプレイスを転々とする生活を送っていた。何かを生み出すためにさかんにポジションチェンジを繰り返していたミュラーエジルのように。動いていたのは駅でいえば不動前、武蔵小山学芸大学、都立大学のそのあたり。その移動時間、自転車でのさんぽがそれ自体なにより興味深いものだった。秋晴れの空のした気持ちがよく、道路や線路や川や緑道の起伏を手掛かりに街を理解するのが楽しいのですね。結構緑が多くて、ちょっとした綺麗なシーンが無数に見つけられる。こういう冒険心がかき立てられる時期は今までにもあったが、今回は修士論文を経ていることと、都市計画の法規的な知識が少しついていること、それから多くの本のおかげもあって、以前より場所を見る解像度が上がっていると実感できた。もちろんまだまだだけど。

こうして9月と10月を通じて「場所への愛」は一気に高められたのだが、試験勉強に追われていたからこそ、それに対抗するものとしてさんぽの時間が際立ったという流れだった。どんな場所だろうと一心不乱に集中できる身体に生まれたかったけれど、現実問題それは厳しいですからね。場所の力を借りなければたぶん生きられない。