Weekend Note

2010年ブログ開設。日常、建築、旅行などについて書いています。

ラカトン&ヴァッサルの心意気で

社会人になって、さすがに学生時代と比べると経済的な余裕のある生活になった。スーパーでバーモントカレーよりも数十円高いジャワカレーをためらうことなく買うときいつも、「偉大な時代が始まった。新しい精神が存在している」にも似た昂揚感を味わう。

この新精神(エスプリ・ヌーヴォー)にも慣れてきたこのごろ、人間関係の輪が広がってか、しがらみが増加してか、人に物を贈る機会も増えた気がする。ここでお金をかけてある程度のよい物を買うこともできそうなのだが、それだけで満足するメンタリティになってしまうことには抵抗がある。お金はお金である、ことを忘れずに。

あと、言葉というのもお金と関係ない、とてもいいものだ。こんなことがあった。先月、同期の友人に誕生日プレゼントに何か欲しいかと聞かれた際、何も思いつかず、呆然としてとっさに返事ができなかった。さて誕生日の当日、滅多に会わない知り合いから、短いながらも言葉の選択に適度に心が砕かれたことが察せられるメールをもらって、欲しいものが何かって、言葉がひとつの正解だったのだと気づいた。

そんなふうに考えていて、自分の中で最近あらためて関心が高まっている建築家がラカトン&ヴァッサルなのだった。同じ費用で倍を建てる、って本当かよと思うのだが実際説得力があるし、「できるだけ安く、できるだけ広く」という心意気は、建築の枠を超えて今ふたたび自分に迫ってくる。べつにお金をケチることが目的ではないけれど、この場合お金をケチることが良い物をつくる必要条件だった、と言い切れたら、きっと痛快だ。というわけで先輩の結婚祝いをできるだけ安い費用で手製で作ってみていた昨日は3連休の真ん中の土曜日。