Weekend Note

2010年ブログ開設。日常、建築、旅行などについて書いています。

読書の秋、金沢編

金沢二日目はまず鈴木大拙館へ。明治三年に金沢で生まれ、アメリカに渡った後、講演や著作によって禅文化を世界中に広めた仏教哲学者である鈴木大拙を顕彰するために計画された。彼の著作は約百冊にも及ぶのだとか。建物は谷口吉生さんの設計で、山のふもと、斜面緑地と住宅地の接点に位置する。驚くべき完成度の建築だった。昨日の21世紀美術館SANAAも凄かったが、谷口さんもどこまでも別格だ。計算されつくした建物要素の構成による「無の意匠」に、周囲の自然が彩りを与えている。その佇まいは現代建築離れしていて、京都の名刹のような風格すら漂わせている。敷地近くの歴史文化施設とつながる散策路の設えも気が利いていて、外に広がる自然や街との関係の中での建築の位置づけもとてもわかりやすい。

余韻に浸りつつ散策路を歩いて兼六園まで登り、金沢城から浅野川、ひがし茶屋街まで歩く。金沢の街の中心部のお城と兼六園21世紀美術館、市役所、四校記念館が続くエリアの、広々とした落ち着きのある雰囲気はすばらしい。これは昨日から感じていたことではあるが、あらためて考えてみると、商業施設の少なさが大きな要因なのではないかと思うに至った。東京で目まぐるしく進み続ける再開発に僕もいまやすっかり毒されてしまっているので、街を作ることと商業施設を作ることを同義に思ってしまう感覚があるが、それがいかに貧弱で可能性に乏しいものかを思い知らされ、静かに驚く。

午後は金沢駅から西の方角、すなわち金沢港方面行きのバスに乗り、近年新築された市立図書館の「海みらい図書館」に向かう。話は逸れるが、バスで近くの席に座っていた中学生か高校生の男女の友達同士の途切れ途切れに聞こえてきた、「走れメロス」の読書感想文がどうのこうのという会話がやたらと面白かった。さて、海みらい図書館だが、これは事前に建築写真を見ての期待が大きかったのに対して、実際に入ってみると今ひとつピンと来ずに終わってしまった。建物の売りである四周の壁面からの柔らかな光も、訪問時刻が悪かったのか、どの程度効果があるのかつかめなかったし。とはいえ、自分の家の近所にこんな新しく清潔な図書館ができたらやはり喜ぶとも思う。続いて見に行ったロードサイドの建物、大型書店とタリーズコーヒーの入った「金沢ビーンズ」は、カーブした壁面と高い天井による伸びやかな空間が三フロア積み重なった、規模が大きいという単純明快な長所が感じられた。一方、いかにも地方都市の大型書店然としたキッチュな雰囲気は仕方ないのか…。

夕方ホテルに戻ると、ロビーに何号もまとめて「ジャンプ」が置いてあったので、相っっっ当に久しぶりに手にとってみる。高校生の時以来まともに読んでおらず、こち亀が終わってしまった今となっては、知っている漫画は二つだけ、海賊冒険ものと奇妙な江戸時代を舞台にしたSF時代劇だけだった。海賊のほうは十年前から変わらぬ特徴、壮絶な過去を背負った登場人物たちがさらにドラマチックな状況に追い込まれて泣き叫んでいたが、自分はもう共感や感動をもよおす時期は過ぎているなと再確認するにとどまり、むしろその設定の幼稚さのほうが目についた。時代劇のほうは、こちらもなにやら壮大な話になってきたらしく、すっかりシリアス路線に転向してしまったのかと一瞬悲しんだが、すぐにその杞憂を吹き飛ばすような、自由奔放な発想からのキレのあるギャグのたたみかけが健在であると知って、本当に嬉しく思った。簡素な安宿のロビーで少年漫画雑誌を抱えて懸命に笑いをこらえている自分を何とも情けなく思う気持ちも大きかったが。振り返ってみれば本がひとつのモチーフになっていたこの日は、なんとも低俗な漫画に行き着いて終わったようだ。