Weekend Note

2010年ブログ開設。日常、建築、旅行などについて書いています。

08. Bjarke Ingels Groove

今回の旅で多くのスポットを訪れ、建築を見て回ったが、質・量ともに最も大きなインパクトを受けたのは、建築家ビャルケ・インゲルス −事務所名はBIG(Bjarke Ingels Group)− で間違いない。8泊9日の間に見た、ビャルケ・インゲルスが関わったプロジェクトは完成年の順で以下の10個。

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ハーバー・バス(2003)

 

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海辺のユースハウス(2004)

 

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Vハウス(2005)

 

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Mハウス(2005)

 

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マウンテン(2008)

 

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8ハウス(2009)

 

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スーパーキーレン(2012)

 

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デンマーク立海洋博物館(2013)

  

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ガンメル・ヘレルプ高等学校(2014)

 

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アマー島リソースセンター(建設中)

 

いずれも、それができる前には想像だにしなかったような風景を建築が作り出していた。そして、建物のデザイン密度や完成度はもとより、プロジェクトの企画や敷地自体がそれぞれスペシャルで魅力的だと強く感じた。しかし、それは必ずしもBIGが面白い仕事ばかりが舞い込むラッキーな事務所というわけではなく、各プロジェクトに固有の潜在的な可能性を、設計を通じて最大化しているということなのだろう。

ニューヨークの巨大プロジェクトやグーグルの新社屋を手がけるなど、若くして今や世界を代表する建築家になったビャルケ・インゲルスは、デンマークのスター的存在にもなっているらしい。コペンハーゲンの空港の到着口を通り抜けると、運河に飛び込む人たちで賑わうハーバー・バスの大きな写真のパネルが迎えてくれるし、さらにメトロへ向かうコンコースには「BIGによるデザイン」という言葉付きでデンマーク立海洋博物館の観光案内看板が立っている。宿のホストの人たちも、ビャルケ・インゲルスの名前を出せば余計な説明は要らず、打てば響くように話が通じる。旅の最終日、空港へ行く前にトランクを引きながら海辺のユースハウスを訪れた時は、女性セイラー限定イベントの日だったが、スタッフの老婦人に「日本に帰る間際にビャルケ・インゲルスの建物を見に来たのですが」と話すと、相手は慈悲深いまなざしと共に「ええ、わかっていますよ。よく見学者が来ますから」と、コーヒーをすすりながら中で休むことを快く許可してくれた。

    *    *    *

今回見た中でひとつ詳しく取り上げるなら、「8ハウス」が圧巻だった。コペンハーゲン南部のアマー島の、都市開発が進行中の地域の南の端に位置していて、そこから先は保存指定されている広大な牧草地が広がっている。劇的なロケーションだ。建物の形態は平面的に横が約100メートル、縦が約200メートルの8の字の形状。面積は約6万平方メートルにものぼる集合住宅だ。その巨大な建物の全体を、8の字の形に沿ってタイル敷きの幅の広い緩やかな坂道が旋回するように取り巻き、建物の一番上まで続いている。その坂道に面して、前庭付きのメゾネット住戸が配されているのが主な住戸形式。街路が空中に浮かびあげられたような坂道では、子供達が遊んでいたり、帰宅の途につく若い男性が自転車を押していたり。下を見下ろせば8の字によってかたどられた中庭でサッカーをする少年たちがいたり。坂道に面した前庭を囲う低い塀の設えなど、プライバシーと開放性のバランスも絶妙で、前庭には住人それぞれのテーブルや椅子、バーベキューコンロ、植物、子供の遊び道具などが並べられ、犬や猫もいる。その奥、家の中には食事中の夫婦の様子が垣間見えたりもする。

集合住宅とは人間が暮らすための地面を作り、生活の基盤を作り、人の交流を作るのだという建築家の猛烈な意識が、大地からはいのぼってきたかのような建築だ。しかもそのコンセプトが、これほどの巨大な規模においても、下から上まで、端から端まで、身近な人間的スケールで貫徹されている。その際、建物全体を8の字形にするというアイデアは、坂道の距離が長くなり、方向や経路が多様になることからも、かないすぎているくらい理にかなっているようだ。「8ハウス」という分かり易い名称と同時に、BIGの書籍にある'Infinity Loop'という言葉もこの建築をよく表している。

コペンハーゲンの始原の風景を思わせる牧草地と最先端のアーバンデザインが相まみえるロケーション。大胆かつ緻密な建築のデザイン。そして住人の人たちひとりひとりの生活。ひとつの都市あるいは国の、自然や文化の総体としての光景を、自分は今見ているのではないか…そう感じさせてくれるほどのエネルギーが「8ハウス」にはあった。

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