Weekend Note

2010年ブログ開設。日常、建築、旅行などについて書いています。

「見えない」

ブラタモリ」など、多少なりとも建築や都市についての知識や素養があるとその分多く楽しめるであろうテレビ番組があったりするが、柴崎友香さんの小説は、読書におけるそれだと思う。芥川賞受賞作の「春の庭」など、街のささやかな移り変わりを捉えるセンスがすばらしい。個人的には、短編の「見えない」に痺れた。主人公はアパート二階の住人。ある日、部屋の窓からいつも見えていた裏の家の大木の枝が切り落とされていた。すると、それまでは鬱蒼と茂った大木に隠れて見えなかった古いマンションの部屋の並びが見えるようになり…。日常の空気感が予期せず変わる瞬間が、短編小説というフレームによって巧みに切り取られている。

この「見えない」によく似た体験を、最近した。家の近くに緑道が通っているのだが、それがある夜の帰り道、改修工事のために緑色のプラスチックの柵で囲われて立入禁止になっていた。この緑道、駅への行き帰りにいつも横切っていたが、これからしばらくは、数十メートルの遠回りをすることになった。柵がはられてから数日後、まだ慣れない迂回路から出勤しようとすると、腰をかがめて家の前の道を掃除していた年配の女性に「おはようございます」と挨拶された。緑道を横切るルートが切り落とされ、結果的に、それまでは出会うことのなかった景色が出現したわけだ。

2年前、あるトークイベントで柴崎さんは「私にとって、日常は非日常の連続で、なにげない日常もさりげない日常もない」と話されていた。