Weekend Note

2010年ブログ開設。日常、建築、旅行などについて書いています。

掏摸

昨夏、中村文則『掏摸(スリ)』を読んだ。天才スリ師が主人公の、スリリングで非常に面白い小説なのだが、これを読んで、自分がそれまで電車の中で癖のように何気なく行ってきた行為を、より意識して行うようになった。それは、車内で他人の読んでいる本の題名を特定すること。退屈しのぎにちょうどよい。

このある種のスリは、小説をターゲットに行うことが多い。表紙の題名が見えれば苦労はないが、多くの人は本にカバーをつけている。そこで、(もちろん、本の内容に集中している相手に気付かれないようにしながら)中身を覗きこみ、手がかりを探ることが必要になる。上隅に記されている題名や章の名前、あるいは文中の登場人物の名前などを見つけ、スマホで検索し、題名や著者を特定できれば完了。たとえば、先日左隣の席の女性が読んでいた文庫本は柔らかい布のカバーで包まれていたが、ページの左上に小さく『オーデュボンの祈り』とのタイトルが見えたので、すぐにわかった。

一時期、連続してスる機会が多かったので、自身では読んではいないのに『火花』に徳永と神谷という人物が出てくることを知った。『イニシエーション・ラブ』をよく見かけた時期もあった。別の機会、横浜方面から東京に帰る夜の電車で、中央に立っていた若い男性が開いていた色鮮やかな本の表紙が窓ガラスに映っていて、特定できたこともあった。島本理生さんの本だった。総武線で中年男性が読んでいた海外ミステリ風の本も印象深い。カタカナの名前が数多く見られ、メインの登場人物を見極めようとして文を注視するも、なかなか見当がつかない。降りる駅が近づいてきたので、仕方なくある登場人物と彼の軍事階級名とおぼしきワードを並べて検索してみたら、ずばり題名が出てきて安心した。失敗談としては、あるとき覗いた本の中にありふれた女性の名前が数人出ていたので、それらの名前を全て並べて検索してみたら、いわゆるセクシー女優が出てきて焦ったことがあった。それ以来、常に検索バーの最後に「小説」と加えることを心がけるようになった。

それにしても、まあ、色々な人が各々の興味やタイミングに応じて様々な本を手にとっているのだなあと感じ入る。まさに『掏摸』を読んでいる人を見かければ、ちょっと面白いかもしれない。その機会が訪れることを楽しみにしている。